小説

氣とは何か？その問いを抱えて、私は旅をした。 森に入り、氣を封じ、闇と向き合い、再び鍼を握った。技術を磨き、知識を重ねた末に残ったのは、 「氣とともに生きる」という、ただそれだけの答えだった。 氣は術ではない。氣は、生き方そのものだ。 【1.】氣は、世界と自分を繋ぐ...

かつて私は、氣を「操作するもの」と思っていた。氣を動かし、整え、治す技術こそが術者の力だと。 だが、氣を封じ、迷い、闇を越えた今、私はようやく気づいた。 鍼は、祈りである。 氣とは、相手に“寄り添う”ための言葉なのだと。 【1.】氣の波長を“聴く”...

再び氣を流すようになってから、私は以前よりも“氣の響き”に敏感になっていた。 木々の葉擦れ、患者の息遣い、己の鼓動──すべてが氣のメッセージに思えた。 だがその中で、唯一聴きたくなかった“音”があった。それは、自分の中に潜む、もう一人の“自分”だった。...

氣を封じ、森にこもってから、どれほどの月日が流れただろう。人と話すことも、鍼を持つこともなかった。 ただ、風の音に耳を澄ませ、葉の震えに氣を感じ、自分の内と外に流れる“氣”の微細な変化に身を委ねていた。 その静寂を破ったのは、一つの“命の揺らぎ”だった。...

氣が怖かった。あの出来事以来、氣を使うたびに、心のどこかで震えが走る。 技術は残っていた。理屈も覚えていた。けれど、“氣を通す感覚”が消えていた。 私はそのまま、深い森へと姿を消した。 【1.】森に沈む 陽が届かない森の奥。鳥も鳴かず、風も吹かず、ただ湿った空気だけが流れて...

信じていた。あの眼差し、あの手の動き、共に氣を学んだあの日々に、嘘などなかったと── それでも、氣は乱れた。そして私は、氣を扱う“この手”を失った。 【1.】弟子という希望 彼は、私よりも感覚が鋭かった。氣の流れを読み、術を真似るのも早かった。私は密かに、彼に嫉妬しながらも...

人は“背中”から教わる。言葉ではない。姿勢、沈黙、そして一つひとつの所作の中に“氣”は流れている。 あの人の背中に出会わなければ、私は“鍼仙人”になどなれなかった。 【1.】沈黙の師に出会った日 それは、山の奥にある庵だった。霧が流れ、炊き上がる湯気と共に、静かな氣が漂って...

氣とは、教わるものではなかった。あの時、私はただ森の中で“出逢って”しまったのだ。 誰かに教わったわけでも、手ほどきを受けたわけでもない。ただ、自分の掌の奥に宿る“流れ”と、静けさの中で出逢った。 それが、鍼仙人としてのすべての始まりだった。...